繰越欠損金を有する会社を買収する場合、最も重要な論点のひとつが、「買収後、対象会社の繰越欠損金は使えるのか」という、対象会社の繰越欠損金の利用可能性となります。
この点、結論としては、税務上においては、株式取得それ自体によって対象会社の繰越欠損金が消えるわけではなく、買収後に一定の事象が生じたかどうかで、繰越欠損金が使えるか使えないかが決まるという構造になっているといえます。
具体的には、実務上、買手が押さえるべき制限は大きく2つあります。
①対象会社自身のレベルで生じる欠損等法人の制限規定と、②買収後に対象会社をグループ内で合併した場合に生じる引継制限・使用制限、のふたつです。
とりわけ後者は、買収後の統合(PMI)の計画に影響を及ぼすにもかかわらず、買収検討の段階では見落とされることが少なくありません。
今回は、この2つの制限がそれぞれどのような場面で発動するのか、そして買手として税務DD・バリュエーション・ストラクチャー検討の段階で何を確認すべきかを整理しています。

- 欠損等法人の制限
50%超の支配関係の変動後5年以内に一定の事由が生じた場合、対象会社の繰越欠損金および含み損は使用できなくなる - 適格合併時の繰越欠損金の引継制限・使用制限
買収後に適格合併等を行った場合、被合併法人側だけでなく合併法人側の欠損金も制限を受ける可能性がある
前提:繰越欠損金制度
青色申告書を提出する法人は、各事業年度に生じた欠損金額を10年間繰り越すことができます(2018年3月31日以前に開始する事業年度に生じた欠損金は9年)。
繰戻還付は、中小法人等(1年)や解散等の一定の場合を除き、原則として認められていません。
また、中小法人等以外の法人については、各事業年度の繰越控除額は控除前所得金額の50%が上限となります。中小法人等であれば所得金額の全額を控除できます。
ここで重要なのは、株式譲渡によって対象会社の繰越欠損金が消滅するわけではないという点です。
税務上の属性は対象会社に残るため、出発点としては、買収後も対象会社自身の課税所得に対して繰越欠損金を使用することができます。
もっとも、この出発点は、以下の2つの制限によって修正されます。
バリュエーションに繰越欠損金の価値を織り込む前に、この2つを検討する必要があります。
制限①:欠損等法人の繰越欠損金の使用制限
制度の概要
繰越欠損金または評価損資産を有する法人について、50%超の株式を保有する特定支配関係が生じ、その特定支配日から5年以内などに一定の適用事由が生じた場合、その適用事由が生じた事業年度前に生じた繰越欠損金は使用できなくなります(法57の2)。

制限の効果は部分的なものではなく、対象となる繰越欠損金は全額使用できなくなるという点が特徴です。
あわせて、特定支配日において保有していた含み損のある一定の資産について、その後の譲渡等により生じた損失も損金算入が制限されます。
- 特定支配日の直前において事業を営んでいない法人が、その後に事業を開始すること
- 特定支配日の直前における事業のすべてを廃止し(または廃止することが見込まれ)、旧事業の事業規模のおおむね5倍を超える資金の借入れ等を行うこと
- 対象会社の債務のうち50%超に相当する特定債権を取得している者等がいる場合において、旧事業の事業規模のおおむね5倍を超える資金の借入れ等を行うこと
- 上記1〜3の状況において、欠損等法人が自己を被合併法人とする適格合併等を行うこと
- 特定支配日の直前の特定役員のすべてが退任し、かつ、使用人のおおむね20%以上が離職した場合において、旧事業の事業規模のおおむね5倍を超える事業が営まれること
通常のM&Aにおける位置づけ
この制度は、繰越欠損金の利用そのものを目的とした買収(典型的には、休眠会社を欠損金目当てで取得するケース)を防止するための租税回避防止規定です。
そのため、対象会社が買収後も従前の事業を継続して営んでいる通常の事業買収であれば、原則としてこの制限が課されることはないと考えます。
実務上の論点としては、買収後5年間という監視期間にあります。
100%取得は当然に50%超の支配関係の変動に該当するため、クロージング後5年間は、この規定が「作動しうる状態」で残り続けます。
事業のピボット、経営陣の総入替えと大幅な人員削減、大規模なリキャピタライゼーションなど、事業上は合理的な施策であっても、その組み合わせ次第で適用事由に該当し、その事業年度以後、それ以前に生じた繰越欠損金が使用できなくなる可能性があります。
買手として重要なのは、買収後の事業計画をクロージング前に適用事由と突き合わせておくことです。
特に、対象会社の再建や事業再構築を予定している案件では、施策の順序と規模をこの規定を意識して設計する必要があります。
制限②:買収後の合併における引継制限・使用制限
なぜ買手にとって重要か
買収後、対象会社を取得法人や既存の日本法人と合併させるケースは少なくありません。事業統合、グループ整理、あるいは買収資金を借り入れた法人と対象会社を一体化させる目的(デット・プッシュダウン)など、理由はさまざまです。
この合併が適格合併に該当すれば、被合併法人の未処理欠損金額は、原則として合併法人に引き継がれます(法57②)。
しかし、合併当事者間の支配関係が生じてから5年を経過していない場合、一定の要件を満たさない限り、引継制限・使用制限の対象となります。
この規定において留意すべき論点は、制限が合併の双方に及ぶという点です。つまり、
・被合併法人(対象会社)から引き継ぐ欠損金・含み損(法57③、62の7)
・合併法人(買手側)自身が有する欠損金・含み損(法57④、62の7)
の両方が制限の対象となります。合併のタイミングを誤ると、対象会社の繰越欠損金だけでなく、買手側の法人が保有していた欠損金まで使えなくなるという点に留意が必要となります。

- 支配関係事業年度前の欠損金 ― 支配関係発生日の属する事業年度前の各事業年度に生じた繰越欠損金
- 支配関係事業年度以後の欠損金のうち一定のもの ― 支配関係発生前から保有する資産の含み損の実現に対応する部分
- 特定資産譲渡等損失額 ― 支配関係発生前から保有する一定の資産につき、制限期間内に生じた譲渡損等
制限が適用されない場合
次のいずれかに該当する場合には、これらの制限は適用されません。
1. 支配関係5年超 ― 適格合併の日の属する事業年度開始の日の5年前の日(または設立日)から支配関係が継続していること
2. みなし共同事業要件 ― 事業関連性要件を満たしたうえで、①事業規模要件および事業規模継続要件を満たすか、または②特定役員引継要件を満たすこと
3. 時価純資産超過額の特例 ― 支配関係事業年度の直前事業年度末における時価純資産価額が簿価純資産価額を超え、その超過額が繰越欠損金額(または含み損)以上であること
※なお、時価純資産超過額が繰越欠損金額に満たない場合であっても、その超過額に相当する部分については制限の対象外となります。
また、細かい論点として、支配関係5年超要件には、設立以来支配関係がある場合も含まれますが、設立以来支配関係があっても、一定の再編が生じている場合には、繰越欠損金の制限等が課されることがあります。こちらでまとめているので、ご参照ください。
実務上、買収後すぐ合併を実施するケースが多く、この場合、支配関係5年超要件を満たすことはできません。そのため、みなし共同事業要件や時価純資産超過額の特例を満たしうるかが検討の軸となります。
買収案件においては、買収法人が新設法人であるケース・事業を行っている法人のケース、買収法人と被買収法人との規模が異なるケース、買収価額におけるプレミアムの大きさなど状況は様々であるため、各要件を満たすかどうかは、個別案件によって慎重な検討が必要となります。
2つの制限規定の整理
この2つの制限規定は、発動する事象がまったく異なります。
・欠損等法人の制限は、支配関係の変動後、対象会社の事業に何が起きたかによって発動します。効果は、対象となる繰越欠損金の全額が使用できなくなることです。
・合併時の引継制限・使用制限は、支配関係の発生から5年を経過していない当事者間の適格合併等によって発動します。効果は、特定のカテゴリーの欠損金・含み損が制限されることであり、しかも合併の双方に及びます。
買収後に統合合併を予定している案件では、この2つを順に通過する必要があります。
すなわち、①買収後5年間、対象会社の事業計画が適用事由に触れないこと、②その期間内に行う合併が、引継制限の除外要件のいずれかを満たすこと、の両方です。
買手が検討すべき実務上の対応
繰越欠損金の分析は、税務DDから始まり、バリュエーションとPMIの計画にまで及びます。
1. 繰越欠損金そのものを検証する
金額、繰越期限、発生原因を確認するとともに、そもそもその繰越欠損金が税務上正しく認識されているかを確認します。過去の組織再編に起因する欠損金はすでに制限を受けている可能性がありますし、誤った税務処理に基づく欠損金は、そもそも存在しないことになります。
2. 買収後の事業計画を適用事由と突き合わせる
事業の継続・廃止、資金調達、経営陣・従業員の異動といった買収後の施策を、5年間の監視期間を前提に適用事由と照合します。
3. 合併その他再編の影響を検討する
買収後の合併等を予定している場合には、どの欠損金・含み損が制限されるのか、みなし共同事業要件や時価純資産超過額の特例が利用できるか、合併時期を後ろ倒しにすることで結論が変わるかを検討します。
4. 分析結果をバリュエーションに反映する
上記の分析を経て残る繰越欠損金のみを事業計画とバリュエーションに織り込みます。利用可能性が不確実な場合には、買収価格に反映するか、SPAの表明保証・補償条項で手当てするかを検討します。

なお、税務DDはやるべきか、という論点については、こちらでも整理しています。
税務DDはやるべきか?|買手が確認すべき税務リスク・価格交渉・SPAへの反映ポイント
まとめ
対象会社の繰越欠損金は、買収において実質的な価値を持ちうるものですが、それは買収後も利用可能である場合に限られます。
税務上、買収後の特定の事象の発生によって繰越欠損金の使用が否定または制限されるという構造になっています。そして、その事象の多くは、クロージング後の買手のコントロール下にあるものと考えます。
裏を返せば、早い段階で分析しておけば、ストラクチャーの設計、合併の時期と手法、経営陣・事業継続に関する意思決定を通じて、結論はかなりの程度コントロール可能ということでもあります。
繰越欠損金を失うのは、大胆なストラクチャーを組んだ買手というよりも、統合計画をこれらの規定と照らし合わせないまま進めてしまった買手であることが多いといえます。
本記事で整理した内容以外にも、各制度には細かな要件が数多く設けられています。
また、本記事では詳細に触れていませんが、実務上、今回の2つの規制以外にも考慮すべき論点はいくつかあります(買収後の資本関係や、グループ通算制度への加入の有無など)
対象会社の繰越欠損金に一定の価値を見込んでいる案件では、買収検討の早い段階から税務の観点を取り込むことをおすすめします。
当事務所においては、多数のM&A案件における税務DDやストラクチャリング業務に従事してきた税理士が直接対応し、M&A案件を税務の立場からサポートいたします。
M&Aの初期検討段階、基本合意前後、または税務DDの実施要否を判断する段階でもご相談いただけますので、税務DD・M&A税務・組織再編に関するご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
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本記事は、あくまで一般的な取り扱いを記載しているものとなり、個人的な見解も含まれるため、個別の状況に応じて結論が異なる可能性があります。この記事に基づいて具体的な判断や行為を起こす前には、必ず税務専門家に相談する必要があると考えます。
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